GOSPEL

2008年1月31日 (木)

GOSPELの入門編?

GOSPELの入門編の曲は?と問われると
むずかしいです。

歴史としての古い曲があったり、
現代一番先頭をゆくGOSPELもまたひとつの入門としての曲です。

私自身はブラックミュージックが好きだったことや、
娘が高校のコーラス部で楽しそうなのを見て
「あー、私もあんなのやりたいなー」と思ったんですね。

音楽なんてしたこともないし、楽譜読めないし、
歌といえばカラオケで歌っただけ。

超初心者でしたよ。

でも、行きついたのがGOSPELでした。
コーラスがあっておまけにブラック!
言うことナシ!・・・でした。

今はブラックミュージックとしてGOSPELを歌うのではなく、
神様への賛歌として歌っていますが。

結局のところ、どんな歌い方をしようが、
ヒップホップで歌おうが、すべての歌詞は聖書からきています。
そこに神様への愛があるかどうかは別としても。

グループによっては、
簡単な曲から始めてだんだんと難しい曲をやるクラスへと変わって行く
そんなグループもあります。

ウチのクワイヤは、とにかく講師が持ってきた曲をやります。
歌詞だけで楽譜はナシです。

講師が歌って下さるのやピアノを聞いたり、
録音して帰って聞きなおして覚えたりします。
何度も繰り返すと慣れてきます。

それでも、簡単なときもありますし、難しいときもあります。
でも、クワイヤの成長に合わせてくださっているのは確かです。

今現在のクワイヤより少し上の曲を持って来られますから。
そしてわずかずつでも私たちのクワイヤは進化していっていますから。

そういう指導を受けているので、
入門編から学んだという経験はありません。
いつでもすべて知らない曲は入門編です。

GOSPELの世界に入ってみたいんだけど、
どこから入ればいいのかわからないという、あなた。

ご自分がGOSPELの何に興味を抱いておられるのか
すこしのぞいてみられるのも良いかもしれません。

頭から、どこかにともかく飛びこんでみるのもアリですしね。
それで何回かで止めても誰も文句は言いません。(^。^)

文句を言う人がもしいればそれはGOSPELを歌うに
ふさわしくない人です。
大丈夫ですよ。

「天使にラブソングをⅠ・Ⅱ」とご覧になられましたか?
あれが入門編と言えば入門編と言えなくもないかも、です。
すでにあれをご覧になっておられるのなら、
あなたはGOSPELに飢えておられるだけでしょう。

タバナクルクワイヤに癒されてください。

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2008年1月21日 (月)

ブルックリン・タバナクル・クワイヤ

ブルックリン・タバナクル・クワイヤの
「I’m amezed」
というDVDを買った!観た!

タイトルの直訳は「私は驚いた!」

私も驚いた!

タバナクルの凄さ、上手さ、霊性の高さは元から知ってる。
1~2年前だったか、日本公演も観に行ったし。
CDも別のタイトルだけど持ってるし。

でも、やっぱり画面で見るのは凄かった~!
あの270人という大所帯にも関わらず、

皆が心をひとつにして歌っていることがわかる。
グラミー賞を6回取ったことなど関係なく
ただ、神を賛美するために歌っていることがわかる。

私はクリスチャンではない。
でも、泣いた。
何に感動したのかわからない。
ただ、泣いた。

輸入版で日本語字幕はない。
ほとんどの曲の歌詞の意味はわからない。

インタビューを受けている何人かが
何を聞かれ何を答えているのかなんて、わからない。

ただ、過去の彼らの写真も同時に数枚映し出される。
それらは、虚無や絶望、悲しみ、苦しみに満ちている。

でも、現在の彼らの表情は晴れ晴れと喜びに満ちていて
穏やかで幸せそうに見える。

私が今回、一番驚いたのは
インタビュー時の写真と現在の彼らの表情が
あまりにも違うこと、なのかもしれない。

ところで、

私は実は病気持ちである。
何年も私を治せる医者にはめぐり合えなかった。

でも、今のゴスペルクワイヤに所属して2年。

その中で得た人間関係から得がたいものを得、
そこで知り合った人から、私にあった病院を紹介してもらい、

現在はそこで治療を受け、わずかずつながらも快方に向かっている。
何年も悩まされてきた症状が消えつつある。

これもひとつの奇跡ではないだろうか?

でも、私はもともとナースなので、科学の申し子である。
だから、ゴスペルを歌っているから、
といってそんなにすぐキリスト教徒になるわけではない。

それでも、物理学で偉大な功績を残したアインシュタインが述べたごとく

「神様がいるのかいないのか、私にはわからない。
 でもこの世には科学の力を超えた、
 SOMETHING GREAT(偉大なる何物か)の力が確かに存在する。」

その言葉には大いに同意する。

ひょっとしたら、偉大なる何物かのお力を受け入れるとき、
何処に住んでいるか?何をしているか?誰と一緒にいるか?で、
すでに道は決められているのかもしれない。

大いなる力をみたとき、人は作りかえられるのだ、と思った。

「I’m amezed」
衝撃のDVDだった。

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