日記・コラム・つぶやき

2009年6月 8日 (月)

廃油キャンドルでの検索からの来訪者が多いですね。

誠に申し訳ありませんが、私は廃油キャンドルを作っていません。
昔、作り方が紹介されてあるページをご紹介しただけです。

なんで、みなさんそんなに廃油キャンドルに興味をお持ちなのでしょうか?

我が家で廃油を集めたところで、たいした量にはならず、キャンドルを作るには到底至りません。溜めておいても廃油は臭いますし、正直あの臭いには閉口します。キャンドルが作れる程溜めておくことはできません。
私自身は諦めているのに、なぜかみなさんはごてもご興味を持っておられるようです。

流行のECOという概念がそうさせるのでしょうか?

しかし、今、ECOという言葉は独り歩きしています。
本来のECOという意味から遠く離れたような気がします。

ECOはすでに一つの商業です。それが悪いとはいいません。
でも、それを商いとして(儲けがでる行為)として行っていくことは、結局我々人類の首を絞める行為に等しいとも私は考えます。

廃油キャンドルは、なるほどECOかもしれません。
いらなくなった油をキャンドルにして、電灯代わりに使うのですから。
しかし、そこからはCO2が出ます。廃油なので燃焼時、化学物質も少量出る、それに毒性がない、と今誰が言えるのでしょうか?
つまり、完全なECOではないのです。

ECOという言葉に踊らされすぎなのではないでしょうか?

ECOという言葉で、ごまかされていますが、むしろ危機にさらされているのは我々人類の命です。地球の危機ではありません。地球はそれ自体が大きな生命体であり、激しい環境の変化に今まで何度も耐えてきました。地球は地球がどうなっても生きてゆけるのです。

一番、生き残れないのは人間なのです。

ECO・環境問題、それらを考える時、救うのは地球ではなくて、人類です。

廃油キャンドルに興味を持たれるのは結構なのですが、それで地球に貢献したつもりでいらっしゃるなら、それは大きな間違いだと思います。

もし、よろしければコメント欄ででも、なぜ興味をお持ちなのかお聞かせ願えればと思います。

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2009年6月 1日 (月)

20年前の恩師の還暦・退職を祝う会

話はまず20年前にさかのぼる。

高校2年生から3年生に進級しようかという頃、とあるヤツが「10年後にクラス会をする!」と宣言した。皆、やいのやいの!と賛成し、ヤツは、俺が幹事をする!と鼻息荒かった。

しかし、その宣言は、ヤツとほか数名の女子の多大な協力により、6年遅れの16年ぶりに果たされた。ヤツはたいして役に立たなかった。
まぁ、それは良い。元クラスメイトが結構たくさん集まったことに変わりはなく、盛会のうちに終わったから。

ただ、その折、当時の担任の先生も来られていて、ワシもあと4年で停年や、とおっしゃった。

でまた、ぜひ4年後にまた集まってお祝いしようと男子たちが息巻いたにもかかわらず、またしても実現に向けて動いたのは少数の女子の幹事だけだった。

そして、土曜日20年前の恩師の還暦・退職を祝う会、の開催にこぎつけた。
あのクラスの男子が口ばっかりなのも変わってない。
女子の有能さもあいかわらずで素晴らしい。

花束や記念品の寄せ書き(写真つき)・旅行券も差し上げて、先生は喜んでおられた、と思う。

ただ、元担任と私の関係は実は少し寂しい。

私は当時、諸般の事情からあまりクラスで表立った意見を言うこともなく、又、目立たないようにもしていた。それでも文化祭で何やる?の話になった時、なんでだか私が脚本を書いて芝居をすることになり、なんとか書き上げ、配役・演出・監督までやった。

その時、成績表に「普段目立たなく成績もそう良くないのに(!)、あんな才能(脚本上梓のこと)があったとは知らなかった。すばらしい劇でした。」というお褒めの言葉を初めていただいたのだ。

先生から褒められるってなかったから、マジ感動した。
気をよくして、高校3年生の文化祭も専門学校の文化祭も脚本・演出・監督やったよ。

で、4年前のクラス会の時にそれを伝えた。改めて感謝を言いたくて。
だけど担任の返事は

「え?ごめん。全然覚えてない」だった。

がーん・・・・・・・・・・・・。
いいけどネ。ホメラレタのは事実ダカラ・・・(;_:)

集まったのは、20名程度。クラス総数が40人あまりだから半数の出席だ。悪くない。

あの頃、大きく分けて4つのグループがあった。ワル組(男・女)まじめ組(男・女)という風に。

でも4年前も今回も、集まったのは、ワル組(男)とまじめ組(女)だ。ワル組(女)まじめ組(男)も少数だが、いる。

あとは連絡がとれないらしい。

このクラスでは先にも書いたけど、文化祭で芝居をやったりして、なぜだかワルもまじめも、一丸となってがんばった経験がある。

私的には、思い入れのあるクラスだ。

脚本をほとんど当てぶりで書いたから、書きながらこの役はこの人、あの役はこの人なんて、私の頭の中では決定していて、文化祭のまとめ役と共謀して、その人たちが絶対に役につけるように策を弄しちゃったくらい。

悪かったと思ってます。みんなには黙ってたし、一応、投票の結果の役の割り振りということにしてたし。

みんな、ごめんねぇ~\(-o-)/
だれも、ここ読んでないけど、一応謝っておく。

でも、あの時に芝居に参加してくれた人とも会いたいな。

私自身は、ほぼ1年ぶりの社交だった。

最初は手のひらに汗をいっぱいかいて、手が冷たくなっていた。

肉体的にも素の自分を出してたし。
今まで太ってたのを隠すような服ばかり着てたんだ~。
そんな会があるのを忘れて、友達から連絡があって、ありゃ、と買い物帰りに行ったから、ほとんど普段着だったし。

つまり今までいつでも武装して行ってたのを、軽装で行った。
私にはすごいチャレンジだった。

意識してなかったけど、たぶんとても緊張してたんだろうと思う。
その時から、ある程度以上の感情を閉じるようにしてたみたい。

太った!と何十回と言われてプチ切れしたり、人の話に笑ったり、人から言われることになるべく自分に嘘はつかない方向で応対する、はできてたけど早くに疲れを覚えて、早めに帰宅した。

で、シャワーしてる時に、感情はほとばしり出た。まるでシャワーのように。

ちょっとでも実の親と似たところがあれば、すぐ投影してしまうのよね。
で、ものすごくムカつく。

その怒りをちゃんと向けるべき人に向けて・・・という作業は大変なんだけど、今回は楽しみながらできました。少しは客観性も出てきたかな?

親に責任を返す、そう決めてそのように行動するようになってから少し身体が軽いかな~。

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2009年5月24日 (日)

PCのトラブルの原因はやはりモニター

こんばんは。

また眠剤のんだあと書いてます。医者からこの行動は止められてるけど、止まりません。へろへろの文書だったらごめんなさい。後日直します。ご容赦ください。(翌日手直しました)

さて、今日は日本橋、行ってきました。
朝飲んだ紅茶のカフェインの効果で、だるくなく気分良かったです。
カフェインはやる気を上げるのに確かに効きます。でも、カフェインが効くからといって、そればかり使うわけにもいかないのです。
一種の興奮剤だから、今みたいにいつまでも眠れなかったり、あとから疲れがどっと来たりします。

それでも今日は日本橋行きたかったので、カフェインを使って行ってきました。
今日探したのは、PC用の中古のモニターと、くわばたりえが使って超やせたというコアリズムの中古DVD。

コアリズムのDVDは見つからなかったけど、PCモニターは希望のサイズがあり、そして、まぁまぁきれいな中古をGETしました。
6800円也。

帰ってきて早速セットアップ。あっという間に映りました。やっぱりモニターが原因でございました。PCには問題なし。
今までのモニターより画面が格段に美しくて、感謝。

安いちょろい幸せだけど、ウチのPCにはこれくらいでいい。

コアリズムのDVDはアマゾンで中古で探してみようかな。
無償もしくは定額で譲るよなんて人いてくれたら、それが一番ありがたいけど。

どなたか、そんな奇特な方いらっしゃいませんか~?

ウチのパソコンはDVDが使えないから、コピーして返すってことができないのです。
現品が欲しい・・・。
あとはYOU TUBEで検索かなぁ・・・。

お腹も切実に減らしたいんです!

困ったもんです。

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2009年5月23日 (土)

PCのモニター真っ暗

携帯からの投稿です。

タイトルのとおりPCのモニターが真っ暗。

きゃーん(>_<。)

PCとモニターどちらがおかしいのか調べて見たところ、多分モニターだろうと判断しました。

今日はちょっと頑張って日本橋行ってきまつ。

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2009年5月22日 (金)

ミモザ

家のそばの散歩道に「ミモザ」の木がある。

花は今ちょうど真っ盛り。薄い黄色の金平糖みたいな小さな花が、ほんのりいい匂いをさせて木の上から下までわんさか咲いている。

毎年、写真を撮りたいと思うけどいつも風が強くてうまくいかない。

今夜は雨の予報、雨が降ったら花も落ちるかなぁ。

桜が終わってジャスミンが終わって、しばらくした頃に、ミモザはひっそりと開花する。
木がある場所もたまたまか、奥まったところにあって、あまり人は来ない。
私には好都合。「今年も会えたね〜」なんてミモザとおしゃべりしてるから。
アン・シャーリーのように。

今、好きな花はもちろんミモザ。(←季節によってコロコロ変わるんだけど)

それともうひとつお気に入りポイント。カウンセリングに通う途中の病院にあるガーデン。
ここには紫の薔薇があって、他の薔薇とは違う香りを漂わせている。
ほかの薔薇がすっきりしたやわらかい香りをかもしているのに比べ、ツンと鼻をつくスパイシーな香りが混じっていて、めっちゃ好き。たまりません。

この時期、シロツメクサも好き。近くの河原に咲いてて空気が甘いくらい。アカシアも好き。
四季のある国にいるのは楽しい。

つらいことがあっても。

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2008年6月17日 (火)

午後13時、事件発生!

昨夜もベゲタミンBを使った。23時にのんで3時に寝た。
起きたら、12時だった。

眠る時間が長くなってきてる。
ちょっと鬱に落ちてきてるのか・・・?
ブログも朝の更新をする気になれなかったし。

ひとつの事件があったせいもあるが。

事件の発端は長女である。
大学に行くため、外出した長女が、10分後くらいに電話をしてきた。

「事故した。」

ぎょえーっ?!である。
心臓バクバクである。
ワタワタ・オタオタである。

しかし、ここは、さすがに元看護師。
とにかく、深呼吸をひとつして話を聞く。

よくよく聞けば、自転車と自転車とがぶつかっただけだと。
でも、足が痛いから、とにかく帰る、と言う。

まぁ、そりゃ、私も様子を確かめておきたいから、
帰宅を促す。
自転車を押しながら、なんとか帰ってこられると言うし。

帰ってきて、足首が痛いと言うので、
患部を診れば、少しのすり傷がある。
あとは、腫れてもおらず、見た目はただの打撲だ。

ただ、触ると異様に痛がる。
かなり熱も持っている。

最初は打撲の症状でも、
だんだんと腫れや痛みががひどくなる時があり、
そうなると、骨折の疑いだ。

昔、次女も自転車で転んで、
足を痛めて帰ってきた。
最初は、そう痛くなかったから、
友達の家にいって、おしゃべりをしたりしていたらしい。

でも、3時間4時間と経つにつれ、
どんどん痛くなってきた、と、
泣きながら帰ってきた。

ウチに着いて、私が診た時には、
足が、ものすごく腫れあがり、熱を持ち、
これは、ただの打撲ではない、という感じになっていた。

レントゲンを撮ってみたら、しっかりヒビが入ってた。

そんなことがあったので、あまり楽観視できないなぁ・・・、
と思いながら、様子を診ていた。
だって、ちょうど昼間で、どこも診察やってないだもん。

私が診とくしかないだもん。

いくら、元看護師だったからって、
こういうのは大分、神経をすり減らす。
医者あっての看護師なんだなぁ、って思う。

ムリなんだよ。まだ。日本の看護師教育制度じゃ。
看護師だけで診断つけたりできないよ。

今は看護大学出の人もいるから、できるなら、ゴメンなさいね。
謝っとく。

私の受けた時代の教育制度では、ムリだって話。

で、とりあえず、

傷口の処置をして、その上からシップをし、
念のため、アイシング(冷やす治療)代わりに、
凍らせても硬くならないアイマスクをのせて冷やす。
     ↑
これならあまり痛くない

あとは、足を高くしておくよう、指示した。
これ、結構、大事。

なぜなら、

たとえば座ったまま、足を下に下げていると、
足に血液がたまるから、痛みがひどくなったりする。
患部に負荷もかかる。

・・・というワケ。

まぁ、そうした応急療法が良かったのか、
夕方にはだいぶ良くなっていたが、
一応、ダンナに頼んで、整形外科に連れて行ってもらい
診察をお願いする。

レントゲンも撮っておいてほしかったから。

だってねぇ・・・次女の例もあることだし。
あれは、そんな珍しい例じゃない。よくあること。

だから、打撲を侮っちゃいけないんデスよ。
せっかくの医療機関、上手に使わなきゃ。

長女は、幸い、レントゲン上でもなんの問題もなかった。
一安心。

だいぶ歩けるようになったみたいで、明日はもう大学に行くと言う。

そりゃムリやろ・・・と思うが、それは言わず、
「もし痛くなったら、保健室ででも休ませてもらって、
 それからでも帰ってきなさいよ」

とだけ、アドバイスしておいた。

実際、もう大丈夫かもしれないし、
まだ大丈夫じゃないかもしれない。

判別つかないから、
選択肢をもうひとつ与えた方がいいな、と、思って。

はぁ・・・疲れたよ。

でも、今夜はベゲB使わずに寝ようと思っちゃった。
お試し。どうなるかな?
これで、しっかり眠れないと最悪だな。ハハハ・・・。

風呂はまたしても長い間入れてないな。
キレイにしたい気分、全然やってこないや。
お顔だけは
クレンジングローションで簡単洗顔して、お手入れしてるけど。

今日も、何にも家事しなかったし。
あ、でも、長女の怪我の世話と、犬の世話は少しした。
ちっとはしたか。

誰もいない時は、歌の練習もしてるしな。
「桜ノ雨」やその他いろいろ。

ゴスペルやってた時より、今の方が歌う回数多いかも?
毎日、何かしら歌ってるもん。本気モードで。
うまくはないけどweepでも、今のほうがずっと練習になってる、と思う。

毎日、続けることって大事だもん。
汗かくくらい歌ってますnote

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2008年6月 9日 (月)

懐かしい私の「南の魔女と島」

[西の魔女が死んだ] ブログ村キーワード

梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」という小説が映画化された。

この小説を読んだときに、
生まれたときから異文化体験かよ!?マジ、うらやましっ!
・・・・と、思った。

ヨーロッパの香りがする生活。
西洋の草花たちをたくさん育てて、食事に洗濯に使い、
日本ではない暮らし方で、
当たり前のように日々を紡いできた西の魔女。

憧れた。私がその孫になりたかったよ。

でもね。

今日、他の人のブログで
「西の魔女が死んだ」の試写会を見た、

という記事を読んだとたん、
私にも、魔女がいたことを思い出したthunder

西じゃなく、南だけど。
国としては、日本と言えば日本なんだけどcoldsweats01

でも、私にとっては外国に等しかった。
小さな時から異文化体験していた。

琉球という外国の文化だ。

だが、沖縄ではない。
一応、鹿児島県だ。沖永良部島(おきのえらぶじま)という島だ。

鹿児島県なんだけど、限りなく沖縄に近いので、
琉球文化がこの島の文化である。

島に着いたら、赤土独特の匂いがする。
叔父、なんか匂いする、と言ったら、
そりゃ肥えの匂いやろ~なんて笑われたけど、
あれは土の匂いだ。

とてもとても、いい匂い。どこもかしこも。

ところで、言葉は島独自のものだ。
沖縄いわゆるウチナーグチとはちがう。

でも、外国語。
さっぱりわからん。
島の人たちは共通語もしゃべれるので、
大人も子供もバイリンガルである。

カッコイイ。

西の魔女はひとりで静かに暮らしていたけれど、
私の、南の魔女は、大家族で暮らしていた。

祖父・祖母(南の魔女)・次男夫婦とその子供3人。
牛2頭・にわとり数羽・・・。
庭にはモンキーバナナの木。

おまけに、誰かが帰島したーと言っては集まり、
葬式だー、結婚式だー、年の祝いだー、などなど、
なにかと理由をつけては、わらわらと人が集まる。
2~30人はいつも来ていただろうか。

ふすまを全部取っ払って、広間の真ん中は空けて
お膳が周りへぐるりと並べられる。
みんなはお膳を前に、どっかと座り込んで、飲み食いを始める。

酒は黒糖焼酎。

そのうち、誰かが謡うともなく謡いだす。

すると、
床の間のそばの人が三味線を出し、人から人の手を経て、
三味線を弾くのがうまい人に回ってくる。

三味線はいつも床の間に立てかけてある。

沖縄では皮にニシキ蛇の皮をつかう蛇皮線(じゃみせん)だが、
沖永良部島では、紙の皮を使う。

まず、三味線に紙を張る。
次に、芭蕉という木の根元を切って出てくる液(渋いらしい)を、
三味線に張った紙に塗って乾かし、
また紙を張り、液を塗っては乾かし、
・・・と紙を12~3枚張って仕上げるらしい。

このやりかたを「しぶばい」と言うそうだが、
今ではもう、職人さんがいなくて、
しかたなく、沖縄の蛇皮線を使っているそうだ。

母のお兄さんから、
上記(永良部の三味線)のことは教えていただいた。
感謝。

さて、三味線が鳴り出すと、今度は踊りだ。

歌は、いろいろ。
島独自の曲もあるし、沖縄民謡も出る。
郷愁ただよう、ゆったりとした曲からはじまるが、
宴席が盛り上がるにつれ、テンポの速い曲になる。

みんな、めっちゃ楽しそう。

でも、これも全部、わたしには意味はわかんない。
酔ったら、みな外国語だけでしゃべるし。

共通語なんか全然使ってくれない。

誰かが何かを言って、みんな、ドッと大笑いしてる。
でも、私にだけは、わかんない。

そんな時、南の魔女は、いつもそっと、私を呼びにきた。

魔女は家の隣で、店を出していた。
小さなバラック小屋だったけど、
置いてあるものは、やっぱり外国製品だった。

今から思えば、英語で書かれたピーナッツの缶詰。
同じくコンビーフ。

家の近くの駄菓子屋では見たことのない、
カラフルなお菓子たち。

子供心には、うん、ここはやっぱり外国。
ここに来るまで、とても時間がかかったし。
・・・と納得するのに十分だった。

もちろん、なじみの菓子パンなんかもあるし、
日用品も置いてある。
そんな何でも屋、なんだけど。

不思議な異国の店に見えたんだよな、これが。

おまけに、魔女は、そこに私ひとりを置いて、こう言うのだ。

「好きなもの取って、ゆっくり食べたいだけ食べていいよ。
                   食べ終わったら戻っておいで。」
と、優しくほほえんで。

怖い、お菓子の家じゃない。
優しい魔女のいる、お菓子の家だった。

魔女は、いつも白髪まじりの髪の毛をまとめていたけど、
時々、ほどいて髪を梳いているのを見た。
量こそ少ないけれど、長い長い髪の毛を
大事に大事に梳かし、またきれいにまとめ上げていた。

その時に使う油かな。いい匂いがしてた。
その匂いは大好きな匂いだった。

おばあちゃんなのに、とても女っぽくて、
子供心にまぶしかった。

南の魔女はもういない。
島もいろいろ変わり、あんな宴会はもうそんなに
開かれないとか。

謡う人もいなくなったらしい。
なにより昔の三味線がない。

心の中にキレイな思い出、として残っているだけ。
約束はしなかったけれど、南の魔女も、帰ってくるかな?

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ぼちぼちな日曜日

日曜日はのんびりして過ごした。
前日に、ブログを書いていて、つい夜明かしをしてしまい、
頭がぼや~っとしたまま、一日を過ごしたような気がする。

それでも、短時間ずつ寝て、総合したら、まぁまぁ
足りてそうな睡眠時間。

夕方からは、犬を連れてダンナと一緒に散歩に行った。
家のすぐそばに川があって、河川敷は散歩スポットになっている。
そして、日曜・祝日は、堤防上が歩行者天国になる。
(たまに入ってくる車もいるが)
今日はこの堤防上の道路を歩くのが気持ちよかった。

風は浜風、南から吹いてきて、
河川敷にたくさん植えられた緑から
ひんやりと緑の風が顔をなぶる。

爽やか。

その一言に尽きる。

帰宅後は、またシャワー気分がやってきて、シャワーをした。
これも気持ちよかった。

それと、公募ガイドをみて、小説書けそうな題材を探す。
いくつか挑戦してみるつもりだhappy02

正直なところ、賞金狙い。無収入だし、少しでも収入を・・・。
でもね、作品がたくさんある訳でなし、短編小説がいくつかあるだけだし、
とりあえずは、腕ならしということで
書けるものから手当たりしだいに書いてみようと思う。

一応、自費出版系は避ける。
前に出したことがあるんだけど、
賞にもれてるのに、勧誘の手紙がしつこかったから、
なんか興ざめした。

ま、とりあえず、1作品、ざくっと仕上げて、
今はこのブログを書いてる。
直しはまた明日。

よし、今日は寝るべ。

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2008年2月 8日 (金)

インフルエンザ顛末記ー2

あ~しんどいです~。

インフルエンザは激しい症状が取れたあとも
まだウイルスが身体の中で悪さをしているそうです。

だから症状が取れても2~3週間はしんどいとか。
そりゃ、まだ1週間過ぎたところだもん。
しんどいよな~(泣)

症状が取れて4日目。
PC買い替えでいろいろ探して歩き回ってる間、
頭くらくら。
相方のどこかをつかんでないと怖いくらいの
立ちくらみがずっと続いてた。

まだ治りきってないなぁと自分でも自覚した。

1週間経っても、
やっぱりまだ、病院に行くのがやっとこさ。
立ちくらみも時々出るし。軽くはなったけど。

出かけるということがまずしんどいから、

神経科と耳鼻科を一日で済ませて、
次の日はカウンセリングだったので、
そのあとに美容室(白髪染め!)の予約を入れて・・・。

こんな風に、
病院等に行ったついでにあれこれの用事を片付けたり、
必要な買い物をしてきてるけど、
帰宅すると、とても疲れてる。

やはりまだ本調子じゃありません。

そもそも、10年にわたるうつ病によって、
がっくりと体力・気力が落ちていたのが

そううつ病という正しい診断によって、
やっと、外に出かけるのが楽になってきてた・・・という頃合。
それがまた、しんどくなっちゃったのが
ちょっとつらいところですね~。

ま、うつ病のせいじゃなく、
インフルエンザの後遺症ってだけだから、
その内、また楽になってくるでしょうけどね・・・。

今年は1月半ばから、
やたらひどい風邪だのインフルエンザだのが流行っているみたいだと
美容師さんも言っていました。

あまり無理せず、体力を温存して、減らせるストレスは減らして、
身体の抵抗力を高めておきましょう。

同じくインフルエンザにかかった皆様も、
病後もしばらくはお大事になさってくださいね。

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2008年2月 4日 (月)

PCクラッシュ!

ウイルス感染のあとって、こんなに長くしんどかったかしらん?

と、首をかしげるほどだるい日々が続いております。

のどの炎症も声帯にまで及んでいたので、今週もまだGOSPELはお休みです。
何より、だるくて、
病院通いがやっとこさ、という状態。

そんなだるい時期なのに、
10年もってくれたPCがこんな時にクラッシュ!

ハードディスクから異音がするので、
ハードの故障であることは間違いなく、
ダンナとふたりで日本橋へ・・・。

修理するより、新型のVISTA搭載機を購入するより、
中古品でよりよい品物を探したほうが
絶対いい、という合意に達し、

なかなかいいスペックのPCを探し当ててきました。
ペンティアム4でウインドウズXP搭載、OFFICE2007インストール機、
DVD書き込みはあえて選ばず、
CD書き込みできるのだけをとりあえずはチョイス。

DVD使おうと思ったら外付けハードディスク付けたほうが
いいくらいのハード容量だったし。
でも、結構いいでしょ?

おまけにIBMよ?
私たちはこれで大満足です。

なんせ、今まで10年前のパソコンを使ってきたのだから、
このスペックで嬉しいのなんのって。

しんどいし、しょっちゅう目が回る、そんな状態でも
なんとか妥協せずがんばってきましたとも。

実はしんどさのあまり、2度ほど、
「もう、これでええやん・・・」と妥協しかけましたが
ダンナがしぶとく粘るので半ば引きずられるかのように
店めぐりを続けました。

でも、ま、おかげで
ホント良い品物が手に入って、夫婦でウホウホ言ってます。

ただ、ハードディスクの中のデータは
どうも取出しが難しそうで、一番簡単なやり方では駄目でした。

専門の業者に頼むとなると、とても高価なのです。
ン万円単位です。

だから、痛い授業料として、中のデータの取り出しはあきらめ
ハードディスクは消耗品としての認識を新たにし、
バックアップを取ることを真剣に考えています。

いまさら?

そう、いまさらなんです。
ハードディスクの中のデータが取り出せなくなるなんて、
考えたことがなかったんです。

あんな写真たちやこんな文章たち、すべておさらばです。
うぅ・・・(泣)

メールは外部メールだったから被害なし、ですけど、
ハードディスクのバックアップは大事ですね。
ほんとに。

どんなバックアップ方法がいいかなぁ・・・と模索中です。

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2008年1月31日 (木)

インフルエンザ顛末記

いや~。
15年ぶりにウイルス感染しちゃいました~。

娘がインフルエンザA型と診断されていて、
私はずっと看病していたけれど、まぁ大丈夫やろ!
(予防接種もしたことなし)
とたかをくくっておりました。

しかし、そこはやはりウイルス。
見逃しちゃくれませんでしたね~。

娘が5日かけてラクになり始めた、24日に発症。
でも、その日に近所のT医院にいってインフルエンザかどうかを
検査してもらっても結果はマイナスでした。

先生いわく、「早過ぎた」そうで、
でも血液検査の結果を見ればウイルス感染であることは
間違いないし、娘も同じ医院で診断されたので、

ここでタミフル投与か?と思っていたら、

次の日も熱が続いていたらまた来なさい、などと言われ
(今すでにしんどいのに、また明日も来るの~?)
思わず文句を言いそうになりましたとも。ええ。

でも、一応お薬は咳止めやら解熱剤やらくれたので
文句を言わずに帰りました。

はっきり診断がついていないのにタミフルをのませるのは
イヤというタイプの医師でした。

やっとこさ、帰宅して横になっていると
だんだんと上がるわ上がるわ、
夜には久しぶりの39度を越える熱。

解熱剤でやり過ごしながら一夜を明かし、
今度はダンナにつきそってもらってまた近所のT医院へ。

今度はインフルエンザの検査結果がすぐに現れ
間違いなくインフルエンザA型、
ということで、やっと「タミフル」の出番、とあいなりました。

はじめてのタミフル。
10代の奇行などいろいろ怖いうわさもある中
思いきってのみだしました。

結果。

高熱はその日と次の日の1日だけ。
次の日は38度台の熱が上がったり下がったり。
その次の日からは37度前後のほぼ平熱。

ものすごい効果でしたよ。
ただ、咳だけがまだ残ってますが。

ただ、私45歳ですが
幻覚・幻聴めいたものもあるにはありました。

たとえば、誰も何も欲しいなんて言ってないのに、
○○(娘)がのどあめを欲しがってるから
持っていってやって、とか。

枕元の体温計を取って脇の下にはさみ
ピピッという測定完了の音で目が覚めたのに、
脇の下にはなにもなく、

体温計は枕元にそのまま、だとか。

飲んでいる間、ずっと何か音楽が頭の中で鳴ってるんですけど
クラシック調なんだけど、何の曲と言いきれない音楽。
曲としては気持ちいい曲なんですけど・・・。
でも変!

そんなのが続いて夢にしては妙にリアルで、
これがタミフルの幻覚・幻聴ってやつかなぁ・・・と
少々、気味悪くも思いましたが、

高熱のせいかもしれず、単に夢かもしれず、

次にまたインフルエンザにかかれば
私はタミフルを飲むでしょう。

だって、ラクだも~ん!

今日はあと3日は安静に、と言われて2日目。
昨日ちょっとカウンセリングや耳鼻科通いをしたから

今日は家で、暖かくして過ごします。

皆様もお身体、ご自愛ください。

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