心と体

2009年8月 8日 (土)

ひとまずお別れ

事情があって、こちらのサイトを更新できなくなりました。

今後は、http://hitutimizu.cocolog-nifty.com/← こちらで再開します。

今まで読んで下さった皆さん、ありがとうございました。

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2009年6月28日 (日)

カウンセリングは結構うまくいっっている

ワタシのココロの奥底には、ゴムバンドを幾重にも固く固く巻きつけた古いアルバムが、あった。そんな存在忘れていたし、そんなモノがあるなんて思いもしなかった。アルバムの存在自体知らなかった。

カウンセリングを受けるうちアルバムの存在に気付き、ココロの中でアルバムを取り上げてながめてみたら、ある時、不意に4枚の写真がこぼれ落ちた。

綺麗な写真じゃない。あちこちボロボロで焦点がぼやけているしハッキリ読み取ることが難しい。何が行われていた写真なのか私にははっきりとはわからない。

でも素人目で見ても性的な虐待があったんじゃないか?と思うような写真だ。

臨床心理士におぼろげながらも写真の内容は伝えた。スライドの断片のようなボロボロの写真だけど、それでも、性的虐待があったことはまちがいないでしょう、と言われた。写真の内容だけでなく、私がこれまで生きてきた全部をひっくるめて、性的虐待があったとすれば、すべてのことに説明がつくから、と。

ちなみに写真とはこの場合、記憶のことである。私の記憶は写真状に保存されるのが常だから。

先日のカウンセリングでは泣いた。ひとつだけど父親への気持ちと言葉が言葉になったから。

一応書いとく。

「お父さん、私の身体、勝手に触らないで。この身体は私のもの。あなたが自由にしていいものじゃない。あなたは私を可愛がっているつもりかもしれないけど、その愛は歪んでいる。そんな愛はいらない。」

そう言葉にして少し泣いた。

私は私の身体を少し取り戻しかけているのかなぁ?

父親に好きにされて以来、私は自分の身体を男のおもちゃみたいに思っていたふしがある。

でも、少し変わってきてるみたい。

だってね、私、服買う時、たいてい暗い色だったの。

モノトーンとか、黒一色とか、マニッシュだったりとか、逆に何かに反発するかのように派手な色物買うとか。女らしさを求めたのではなく、自己顕示。

でも、父親への気持ちが言葉になってから、違うのよ。

服屋さんに行った時、自由を感じるの。

あー、何選んでもいいんだーって。好きなの選んでもいいんだーって。

若い子みたいにとはいかなくても、女性らしい優しい色やシルエットの服・下着を着たい。ワンピースやスカートをレギンスやジーンズなしで着たい。
  
開放感と爽快感と甘やかな気分を味わいながら。

自分を必死に守らなくていい。もう武装はいらない。

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2009年6月14日 (日)

ちょっと重いので虐待系のFBの怖れのある方はご注意ください。

もう3ヶ月ほど前になるだろうか。

父親からの性的虐待、という記憶の断片を思い出してから。

FBや混乱やにわかには信じられない気持ちなどで、なかなか大変だったけど、「自死」の方向には思いは向かなかず、生き続けることに気持ちを向けられた。

むしろ、封印してた記憶を思い出したことで、自殺願望が消えた。
きれいさっぱりと。すがすがしいほどに。

自殺願望は高校生の時からあった。
だから約20年以上、希死念慮を抱えて生きてきてたわけで、重たい人生でしたです。

父親からの性的虐待、という記憶の断片を思い出した、とは言ってもほんの一部。
まだ全部は思い出していない。思い出せない。

ゴムバンドでぎゅうぎゅうにしばったアルバムから、たまたま記憶の欠片が数枚ハラハラとこぼれ落ちたみないなもので、しっかりとした写真のような記憶を思い出したわけじゃない。私の記憶は通常、写真のように残されるから、この欠片のような記憶の残り方ははかなり異質。

それほどに押さえつけなければならなかったほど、私にはつらかったんだろう。

それでも、そのぼんやりとした記憶は、ぎゅうぎゅうにしばったアルバムをほどいて、然るべき場所へ戻してやりたいと思う。
記憶も自分のものとして、受け入れたい。

今までは、自分の人生の中になかったことになってた出来事。でも、もうなかったことにはできない。

なかったことにできなくなったそれらの出来事から、新しく感じる感情に向き合って自分に嘘をつかない自然体の自分でいられるようになりたい、と強く思う今日この頃。        

さて、ちょっとお絵かきしたくて遊んでみました。梅雨の晴れ間って、私にはこんな色に見えるんですよね。 皆さんは梅雨の晴れ間をどうお過ごしですか?

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   - 梅雨の晴れ間  Hitomi’s -

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2009年5月22日 (金)

前も一旦書いたこと

前に一旦書いて、すぐ消した記事があります。

この頃、眠剤を飲んでからパソコンに向かうという悪癖がついちゃって、ほぼ無意識のままアップロードしてしまうことがあります。

しばらくしてから、それを発見して、顔面から血の気が引くわけだけど。
書いたのに消したのはそんなワケです。

だから今、メール交換してくれてる数少ない皆さん。

私おかしなメールしてるとき結構あると思います。
そんな時は「あぁ、今おかしい時なんやな」と思って、読み飛ばしていただけたら幸いです。よろしくです(>_<)

さぁ、前に一旦書いてすぐ消してしまったこと、書きましょう。

これを読んだ皆さんからなんて思われるか怖くて、前はすぐ消しました。

でも、とあるひとりのひとに思い切って告白したら、バカにされるどころか温かみと勇気をもらったので、やっぱり書きます。

前振り長い?すみません。こういう性格なんです。

1年半ちょいカウンセリングをしてきて、新たに思い出したことがあります。
父親から性的虐待を受けていたであろう、という記憶です。

年齢ははっきりしませんが、たぶん小学4年から6年の時。
父はその頃夜勤をしており、昼間に家にいることがよくありました。

ちいさな妹もいましたが、母が用足しに出掛けているあいだに行われていたことだと思います。

はっきりすべてクリアに思い出したわけではありません。

切れ切れのイメージが4つくらい出てきただけです。

それでも臨床心理士は「それだけ出れば充分」と言いました。
性的虐待があった、と見るのに充分なイメージだと。

今まで、自分の人生で不審に思っていたことがたくさんありますが、その記憶が出てきた途端、全部ひとつに繋がりました。

今なぜこんなに生きにくいかも。
どうしてダンナとうまくいかない点があるのかも。

なかなかぬぐえない男性への憎しみ・嫌悪。
父への殺意があることも自覚しました。
父を去勢してやりたい、と思っていることも。

そして、それらを自覚したら、自分の死にたい気持ちも消えたことも。

もう父は死んでこの世にはいません。
何を聞くこともできない。
直接、怒りをぶつけることもできない。

こんなに保護者を求めているのに、父は安全な保護者であってはくれなかった。怖い思いを私に与えたオスだった。

母にも怒っています。

そんな大変なことがあったのに、なぜ気付いてくれなかったのか?
年をとった母に今さらこの怒りをぶつけるべきでしょうか?

そして、人を殺したいほど憎んでしまった私は、これからどうして生きてゆけばいいのでしょうか?

まだしばらくは、カウンセリングも辛い局面が続きます。

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2008年11月10日 (月)

50肩である。

まだ50歳にもなっていないのに、50肩である。

正しくは「肩関節周囲炎」と」いう。

もう2ヶ月ほど続いている。

あまりに痛みがひどくなってきて

肩から腕にかけて、それから、

親指のつけねまでもが痛んできたから、

とうとう整形外科に行ってきた。

レントゲンを撮って

痛い方の腕を動かし、ノギスを使って可動域を調べてもらう。

もちろん両方計る。

痛い方の肩はあまり上に上がらないし、横にも上がらない。

後ろに回すなんてとんでもない。

この検査で「50肩」というありがたくもない診断がつき、

とりあえず電気治療ということになった。

暖めて電気マッサージをかけて、最後にリハビリらしいことをする。

天井から伸びている綱を

両手でのばせるところまで伸ばしたりちぢめたりする。

痛い方は、やはりなかなか伸びない。

それから、1回だけ、ステロイドを消炎のために筋注した。

これは結構効いた。

だんだんと肩の力が抜けてきた。

腕に力が入らなくなったのには閉口したけど。

肩、ものすごく、こわばってたみたい。

こんなによく効いたステロイドの注射だが、

これは、ワンショット的に使うらしい。

今後は、ヒアルロン酸を肩周囲に週に1回で、計5回、筋注するらしい。

ヒアルロン酸にも抗炎症効果があるとか。

内服は、ボルタレンというアスピリン剤を胃薬と共に1日3回のむ。

おかげで少し楽になった。

もちろん、まだ痛いけれども、治療を受ける前よりはうんとマシだ。

むかし、ナースをしていた頃は、

50肩にはシップと痛み止めの薬、という治療しかなかった。

時間はかかるけど、ほっときゃ治る、という認識だった。

だから、つい放置したんだけど。

やっぱり医学は進歩してるんだね。

ペインコントロール(痛みのコントロール)は

ずいぶん普及してるなぁ・・・と感慨深かった。

こうして、このまま、

痛みのコントルールが、いい方向に向かっていけばいいなぁ・・・、

と夢みながら帰宅した秋の夕暮れでした。

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2008年11月 1日 (土)

またしても早朝覚醒

現在午前5:20。

先日の記事も、早朝覚醒の話だった。

昨日、寝る前に食べた紅茶味のハーゲンダッツのせいかなぁ・・・。

やたらおいしかったから、

あれ、きっとちゃんと紅茶が入ってると思うのよね。

それで早くに目が覚めちゃったかな・・・。

大好きな紅茶やコーヒー、お茶類も全部絶って、

カフェインレスコーヒーでガマンし続けてるから、

たまには紅茶味のアイスクリームも大丈夫だろ・・・

と思ったのが甘かった・・・のかもしれない。

いつもなら9時間、目を覚まさない私が、5時間で起きちゃった。

まぁ、理由はともかく、めちゃくちゃ早くに目が覚めたわけで、

たまにはブログの更新でもしようと、こうしてパソコンに向かっている。

カフェインレスのコーヒーは、結局ネスカフェの赤蓋にした。

これでも結構苦味がある。

クライスコーヒーは「それより苦味が強い」らしいので、

ネスカフェで充分かもしれない。

昨日の夕食は、久しぶりに、本当に久しぶりに、1品を作れた。

麻婆豆腐。

麻婆豆腐の素を使うんじゃなくて、一から自分で作るもの。

昔、めんどい、と思いながらも、おいしくて時々作ってた。

その頃の味も覚えていない長女が、

そういうの食べたい!と言い出して、

材料を前日に買ってきてもらって、作ることになった。

久しぶりに作りながら思ったけど、こういうのは私の得意分野だ。

にんにく、しょうが、唐辛子、ねぎ、をみじん切りにする。

豆腐をゆで、ざるに上げ、水切りをする。

幾種類もの調味料を合わせておく。

そこまでの下準備さえできれば、

あとは炒め合わせてとろみをつけるだけ。

・・・と書いたら、大雑把な仕事のようだ。でも、そうでもない。

みじん切りは、ほんとうに細かくしなければ

食べた時に口にさわってしまって、味付けのひとつにはならない。

豆腐の水切りも、怠ると炒めた時に水分が出て、

どえりゃーことになる。

ダンナの料理のレパートリーはずいぶん増えたけど、

こうした繊細な料理は私向けだ。

ひじきの炊いたのとか、野菜の煮物とか、切干大根とか、

時間をかけてゆっくりと煮詰めていく、気長な料理も。

こうして、たまに1品でも作れたらいいな、と思う。

1品作るだけでも、しんどくなるほど、体力が落ちてはいるけど。

ちなみに麻婆豆腐は、夫と長女から絶賛された。

柔らかい優しい繊細な味だと。

お役に立てて幸いである。

自分でもおいしい!と思ったし。

次女は辛いのが苦手で食べてもらえなくて残念だったが・・・。

辛いのを減らすと、麻婆豆腐でなくなるので、これは仕方ないか。

ところで、この2ヶ月ほど、私の右肩は五十肩だ。

最初は可動粋が狭くなり、

動かしたときに痛いくらいですんでいたが、

だんだんと何もしなくても痛むようになり、

この頃は、痛みが前腕(肘から下の部分)にまで及んできた。

時々、親指のつけね辺りも痛む。

つまり、右腕全体が痛いわけ。

痛み止めはまったく効かないし、不自由きわまりない。

ま、五十肩は3度目なので、慣れてもいるのだけど。

今日のみじん切りはそういう意味で、辛かった。

包丁すら重く、手が震えた。力が入らないのだ。

それでも、食べたい衝動が勝ってしまって、

ていねいにみじん切りをした。

痛いのに。

つくづく、食いしん坊だなぁ・・・。

次に作る予定は、ひじきの煮物かな。

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2008年10月11日 (土)

久しぶりの早朝覚醒~近況さまざま~

こんなに早く目が覚めるとは思ってもなかった。

いつも、9時間くらいは寝てるから、びっくりだ。

先週の木曜日から1週間、残念なことに調子が良くない。

マンガも本も読めるし、ナンプレで遊んでもいたし、

主治医は、ウツって程に落ちてはないねぇ・・・、とは言うけれど、

私的には、身体を動かすのが面倒、という点で、

やはり、多少は落ち気味だと思う。

先週は、また、1週間お風呂に入らなかった。

自分で臭いし、イヤなんだけど、めんどうくさいの。

そもそも、先々週のお風呂三昧は、インスタントコーヒーによる

カフェイン効果だったみたいだ。

残念ながら岩盤浴効果ではなかったみたい。

あれからだんだんと身体がだるくなってきて、

だるいのに、ゆっくりのんびり休めないから、

インスタントコーヒーをやめてみたら、

途端に、活動性が落ちてくれて、休むことができた。

インスタントコーヒー恐るべし。ちゃんとカフェイン含んでるのね・・・。

今は気分の波をできるだけ小さくして、

全体を少しずつ底上げしていこうという治療中。

カフェインを含むものやお酒は、

なるべくシャットアウトしていかないといけないのかも。

カフェインやアルコールで簡単に気分が上がっちゃうから、

気分の波が大きくなっちゃう。

でも、寂しいな~。

お茶や紅茶・コーヒー・お酒って大好きなんだけどな~。

でも、飲んだときはいいけど、効果が切れたときがしんどいからな~。

お酒を我慢するのもなかなかつらい。

家でパスタ料理なんかの時はグラスに1cmくらいワインを入れて

一口だけ味見して、ペリエなどで割って飲む。

それ以外、家では飲まない。

たまに外食したときも、だいたいそんな感じ。

わざわざ炭酸水で割って飲む。

おいしそうなシャンパンがあれば、ついグラス1杯は飲んじゃうけど。

それでも、気分は上がってしまう。

酔うんじゃなくて、自分のキャパを超えてはしゃぐ。

あとから、どっと疲れる。

あ~あ、グチだな。こりゃ。

やめないといけないのに、やめたくないってグチってるだけだ。

ノンアルコール飲料なんてたいしておいしくないし。

アルコールもどき、あるいはただのジュースだし。

こんな私は中毒でしょうか?

現在、とりあえず、

カフェインレスコーヒーを近所のスーパーでダンナに探してもらってる。

ネットで、そういうものが存在するのは確認してる。

★ネスカフェのカフェインレスコーヒー(97パーセントカット)

★クライスのカフェインレスコーヒー(99,7パーセントカット)

ちなみにカフェインレスの豆もあるらしい。

これは多分ネット通販でしか手に入らないだろう。

しかし、私はクライスカフェを飲んでみたい。

豆がアラビカ種でヨーロッパ風な苦めな仕上がり、みたいだから、

いつもオーレで飲む私にはピッタリ。

近所になければネット購入だー!

さてさて、

この頃は、晴れた日が続くと5階のベランダにさえ、金木犀の香りがしてる。

バジルに朝晩の水遣りをするとき、バジルの香りが漂うんだけど、

それが金木犀の香りとあいまって、なんとも言えない悪臭となる(笑)

どちらも単独なら、いい香りなのにね。

バジルはまだ元気です。

サボテンたちは・・・ようわからん。

それと、

ポチッと応援してくださっている、方々に。

黙ってブログを見にきてくだっている方々に。

ありがとうございます。

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2008年10月 2日 (木)

岩盤浴の効用?

別に、どこやらが細くなった、とか、

肌がものすごくキレイになった、とか

そんな効用があったわけじゃないけど、

岩盤浴が心にもたらした変化を書いておく。

先日、岩盤浴に行って以来、

家でも、よく湯船に浸かるようになった。

それも20分くらい浸かってる。

最初の10分は肩まで。

あとの10分は、湯船の中に入れた洗面器に座って。

ダラダラ汗をかく。汗をかきまくる。

これがまた気持ちいい。

それから、頭や身体を洗ったりする。

お風呂から上がったあとに水を飲む。

すると、またドバーッと汗をかく。

爽快である。

岩盤浴のおかげで、

盛大に汗をかくのが気持ちいいこと、思い出したんだ。

心の基本モードを、お薬で軽うつに調整されてからは、

すっかり忘れてたんだけどね。

昔は、汗をかくための入浴、よくやってた。運動がわりに。

面倒くさいだけでしかなかった保清が、

違うものになってきてるのかもしれない。

岩盤浴以来、家事のこと考えるより、自分のこと優先してるもんなぁ。

かと言って、今まで頑張って家事してたわけじゃないけど、

家事しなくちゃならんのになぁ・・・と焦りながら、動けずにいたわけで。

今は、焦って家事しなくていい恵まれた環境にいるのに。

家事しなくていい現実、を受け入れられなかった、と言うか。

何にせよ、過去の出来事に支配されてる面が多いから、

どんな現実であれ、受け入れにくいんだけどね。

昨日は通院日だったけど、

帰宅後、何はともあれお風呂、って感じだった。

この何年か、そんな心持ちはなかったから、

とても不思議な気分だ。

大型銭湯に行ったあの日は、土曜日の昼下がり。

岩盤浴のあと、もう一度湯船に浸かりに行った。

露天風呂には4種類の風呂があり、

何人かが、

座浴という風呂と、38度のぬる湯という風呂に浸かりながら、

ほへーっと寝ていた。

そのさまは、まるで、極楽?ニルヴァーナ?涅槃?

とりあえず、楽園。

ザワザワとしゃべり声もするけど、

暖かいお湯に浸かって過ごす静かな時間。

あぁ、私もこんな楽園のひとりなのか・・・と腑に落ちた。

凝った思いの何かがひとつ、溶けて流れていった。

私、このままでいいんだ。

ところで、ゴスペルを歌ってきたので、

キリスト教的な考えも知ってはいるんだけど、

上記の風景は、極楽という仏教的表現がよく似合う。

Heven-天国-というキリスト教的表現は似つかわしくない。

当たり前か。

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2008年10月 1日 (水)

植物の世話

3種類の小さなサボテンと、バジルを2株、

少し前から世話している。

これらは、植木鉢に初めて自分で植え替えをするところから始めた。

バジルは、朝晩、水やり。

サボテンは毎日昼間、外に出して日にあてるだけ。

水やりは頃合を見計らって、全体が乾いたかな?という時に水をやる。

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バジルは、少しずつちぎって食べている。

ちぎりたては香りが良く、みずみずしくて、本当においしい。

ベビーリーフのサラダに入れたり、トマトと一緒に食べるのが好きだ。

こないだは、サンドイッチにはさんで食べた。ウマかった。

成長の遅いサボテンはともかくとして、

バジルは、買ってきた当初、

苗が細くひょろひょろしていて、植え替えした時、

ちゃんと育つかな?大丈夫かいな?と思った。

でも、今では茎がしっかりして、小さな葉が土から生えてきている。

少しずつ繁ってきている。

ま、繁ったところで食べちゃうから、

全体の大きさは買ってきた時と変わらないのだけど。

それでいいのだ。

光合成する葉の分量を残しながら、食べていくつもりだから。

植物の世話をするのは久しぶり。

心に少し余裕が出てきたのかもしれない。

病気の症状が出る前には、10年ものの大きな観葉植物が2鉢もあった。

子育てや仕事で忙しい中でもちゃんと世話してきたのに、

病気の症状が出てきてからすぐ、枯らしちゃったんだ。

それからもいくつか、

小さな鉢を世話しようとしたけど、全然ダメだった。

今回は、大丈夫な気がする。

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・・・けど、サボテンは気難しい・・・(´~`)

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2008年9月30日 (火)

「手紙~十五の君へ~」によせて。

家に1人でいる時、たまに、

気になる歌を、繰り返し繰り返し歌っている時がある。

タイトルにもしたけど、

この頃はアンジェラ・アキの新曲を歌っている。

NHKの番組で見てから、ずっと気になってた。

どこかの中学校の体育館でアンジェラ・アキが歌っていた。

今は、合唱曲としてあちこちの学校で使われているらしい。

先日やっと曲をGETして、改めて聞いた。

ある程度聞いて覚えたら、例によって自分でも歌ってみた。

また、歌いながら泣いた。

コブクロとアンジェラ・アキは、歌うとよく泣いてしまう。

私の心に触れる何かが、彼らの歌にはあるんだろう。

凝った思いが、彼らの歌の何かに触れ、

一瞬痛みを感じたあと、溶けて消え去る。

痛いけど、少し軽くなる。

凝った思いが完全に消え去ったら、泣かないで歌えるようになるけど、

それまでは、歌いながら何度も泣く。

ともあれ、「手紙」。

こんな言葉を紡ぎ出せることに感動する。

苦しみをただ吐くだけでなく、

きらきら光る結晶のような言葉で、

いろいろな日々や時間を織り交ぜて紡ぐ、1曲の歌。

いい歌だった。

ご近所迷惑にならないよう、窓を閉め切って、

まだしばらくは、歌い続ける。

繰り返し、繰り返し。

いつか泣かずに歌える時まで。

ま、でも、

心で泣いていても、頭は冷静なままで、 

歌えればいいだけなんだけどね。

感情も、声も、コントロールするのは難しいや。へへっ。

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