カウンセリングは結構うまくいっっている
ワタシのココロの奥底には、ゴムバンドを幾重にも固く固く巻きつけた古いアルバムが、あった。そんな存在忘れていたし、そんなモノがあるなんて思いもしなかった。アルバムの存在自体知らなかった。
カウンセリングを受けるうちアルバムの存在に気付き、ココロの中でアルバムを取り上げてながめてみたら、ある時、不意に4枚の写真がこぼれ落ちた。
綺麗な写真じゃない。あちこちボロボロで焦点がぼやけているしハッキリ読み取ることが難しい。何が行われていた写真なのか私にははっきりとはわからない。
でも素人目で見ても性的な虐待があったんじゃないか?と思うような写真だ。
臨床心理士におぼろげながらも写真の内容は伝えた。スライドの断片のようなボロボロの写真だけど、それでも、性的虐待があったことはまちがいないでしょう、と言われた。写真の内容だけでなく、私がこれまで生きてきた全部をひっくるめて、性的虐待があったとすれば、すべてのことに説明がつくから、と。
ちなみに写真とはこの場合、記憶のことである。私の記憶は写真状に保存されるのが常だから。
先日のカウンセリングでは泣いた。ひとつだけど父親への気持ちと言葉が言葉になったから。
一応書いとく。
「お父さん、私の身体、勝手に触らないで。この身体は私のもの。あなたが自由にしていいものじゃない。あなたは私を可愛がっているつもりかもしれないけど、その愛は歪んでいる。そんな愛はいらない。」
そう言葉にして少し泣いた。
私は私の身体を少し取り戻しかけているのかなぁ?
父親に好きにされて以来、私は自分の身体を男のおもちゃみたいに思っていたふしがある。
でも、少し変わってきてるみたい。
だってね、私、服買う時、たいてい暗い色だったの。
モノトーンとか、黒一色とか、マニッシュだったりとか、逆に何かに反発するかのように派手な色物買うとか。女らしさを求めたのではなく、自己顕示。
でも、父親への気持ちが言葉になってから、違うのよ。
服屋さんに行った時、自由を感じるの。
あー、何選んでもいいんだーって。好きなの選んでもいいんだーって。
若い子みたいにとはいかなくても、女性らしい優しい色やシルエットの服・下着を着たい。ワンピースやスカートをレギンスやジーンズなしで着たい。
開放感と爽快感と甘やかな気分を味わいながら。
自分を必死に守らなくていい。もう武装はいらない。
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